DIE 公式BLOG

DIE王のお言葉

佐久間さん、どうぞ安らかに



ブログの更新、全然してなくって申し訳ないです。。
去年あたりからfacebookとTwitterがあれば、もっとタイムリーに思ったことが呟けるし、facebookなら写真も文字数制限も
気にしなくていいし、、なんて当ブログをさぼってました。

でもね、自分におこった前の出来事を遡ってみたり、大事なことを書き留めたりするときにブログのアーカイブってすごく
役立つ書庫であることを再確認したんです。
毎年毎月毎日、走り続けてると後からあの頃何やってたんだっけ、みたいにふと振り返るときにとても役立つんです。

昨晩、、佐久間さんの訃報を聞いて、感じた想いなんかもブログに書き留めておこう、、と思ったわけです。
どちらかというと自分自身の為に、ね。

俺が高校の時に日本の音楽界で一大ムーブメントが起こった。その頃、歌謡曲以外は、ユーミンや山下達郎さん、くらいしか新しい風を起こしていなかった日本の音楽界に自由な表現をスタイルを貫くバンドが続々と現れたわけです。
いわゆる『ニューウェイヴ』と呼ばれるムーブメント。POLICE、クラフトワーク、DEVO、トーキングヘッズ、B52'sなどの台頭
とほぼ同時期に日本でもサディスチックミカバンド、YMO、プラスティックス、P-MODEL、などなど、自由でアートな音楽が
話題となり、中学から高校生の俺も衝撃を受けたのでした。
そんな中でも、プラスティックスで大きな丸眼鏡で飄々としていた佐久間正英という人は印象的だったなぁ。

そんな佐久間さんは俺がサポートキーボーディストとしてプロの業界に入ってからも、プロデューサーとして作品の奥でいつも
意識させられてしまう存在でした。Z:÷KILL、BY-SEXUAL、GLAY、UP-BEAT、、、。
まぁ、やっぱりGLAYの時にはご本人にも会うことができて、一緒に『PURE SOUL』のアルバム、『HOWEVER』などのREC
をやらせてもらい、俺のプロデュースワークの礎にも影響をいただきました。

中でも印象深い思い出は『HOWEVER』と『I'M IN LOVE』のレコーディングだなぁ。

当時人気絶頂期のGLAY、次のシングルはどんな曲なんだ、という世間の感心も最高潮の中でのレコーディング。
TOSHIを含めた6人で曲をバンドアレンジしたあとに臨んだレコーディング当日、、曲を聴いた佐久間さんはバッサリ、イントロを4小節カットして、5分で譜面をさらっと書き上げた。いっせいのせ、で録ったテイクはほぼ1発OK、ピアノイントロもその
まんまOK、2番のAのピアノの6連符オブリだけオーバーダビングというあっという間のレコーディングだった。
とにかく物腰が柔らかい、その頃からず〜っと俺の事を『DIEさん』と呼ぶし(笑)。
その間にコンソールルームで佐久間さんはディレクションをしながら、チャチャっと、翌日録る生の16弦のスコアを書き上げて
いた。まさに驚嘆すべき早さ!!

『I'M IN LOVE』では、オセロや鈴木紗理奈ちゃんなど当時のGLAYのお友達が一同に集まって、好きな楽器を大きな部屋で一斉に演奏する、その後、みんなで一斉にコーラスを録る、というワイワイガヤガヤな刺激的な時間。とにかく佐久間さんは優しい
お父さんよろしく、素人にもわかる丁寧な説明でニコニコしていた。

そうかと思えば、自分が必要のないと感じたギターダビングなどでは、一日中後ろのソファで漫画を読んでたなんて話もメンバー
から聞いたっけなぁ。とにかく空気感が優しい、全然ピリピリしない人柄でした。

GLAYを辞めて何年も立って、去年春、お台場ZEPP DIVER CITYでバッタリ佐久間さんと再会するんです。
これは俺の後輩のバンド(東京小鳥キッス)がコンテスト本選に出ることになったんで、お祝いにキーボードを手伝ってあげたん
だけど、その録音関係の仕事で佐久間さんが、ゲスト出演でジュディマリのTAKUYAくんが、出てて、喫煙所で再会、
そしたら、それが縁だったのか、1週間後に「DIEさん、ちょっとお仕事を頼みたいんで連絡します」とTwitterのDMが。

夏のAVEXのA-NATIONで、佐久間さんがプロデュースしている台湾のAARONというアーティストのサポートでした。
実はこの時点で、渡り鳥のツアー日程がほぼ決まっていて、その日は広島公演とぶつかってた。
でも、なんだか無性に佐久間さんと演りたくて(GLAYのイベントライブ以外で一緒に演ったことがなかった)、大澤さんサイド
にお願いをしてツアー中に東京に戻ってくることにしたんです。
GLAYにくっついていたサポートでなく、一人のセッションプレイヤーとしてお仕事に誘っていただけたのが嬉しかったんでしょう。

そしたら、他のメンバーはジュディマリTAKUYAくん、黒夢人時くん、ヒステリックブルーの拓哉くん、といわば佐久間さんが
育てた弟子たちが、揃っていて、佐久間さんが『僕が一番信頼できるミュージシャンを呼んだんです』と言った時はとても光栄
でした。

前日のリハーサル一回で翌日本番というタイトなスケジュールでしたが、リハーサルの夜ご飯をスタジオで食べてるときに
『実は僕、末期がんなんです。』と突然佐久間さんが。。。

何も言葉が出なかった。

なんて言っていいか、頭が真っ白でひたすらソバを口の中にかきこんでた。
人生で後にも先にも本人からそんな告白をされることはないんじゃないか。
そしてそれに対して、自分が全く返す言葉がなかった。。
その瞬間から、その後のリハーサル、当日のリハーサル、当日の本番、打ち上げ、ず〜っとその言葉が頭を離れることは無かった。

本番中も突然指が動かなくなることを想定して弟子のギターリストが袖に控えていたりして。
俺なんかよりも、もっともっと深い関係にあったTAKUYAくんや人時くんが努めて明るく振る舞う打ち上げの席で、
どうしていいやら、若干とまどってた俺に佐久間さんが、、『DIEさんのピアノは本当にいい。最高。』と声をかけてくれた。

それが、俺と佐久間さんの最後の会話でした。

その後、ニュースになり雑誌の取材などで語っていた佐久間さんの言葉が胸にひびく。

『突然明日死んでしまうより、自分があとどれくらい生きられるかわかってるほうがいいでしょ。』

その境地は俺なんかには計り知れないけど、この半年間、佐久間さんほど「死」と、、そして「生」と向き合ってた人はいない
んじゃないか、と思う。

そのおかげで、俺も少しは自分の「死」と、そして「生」と向き合うことができたかなぁと思うわけです。

昨日学校からの帰りに訃報を耳にし、涙し、しばし呆然。。。
去年から覚悟はしてたんだけど、ね。
流した涙の正体は『もうこの世界では会えないんだなぁ。一緒に演れないんだ』という寂しさでした。
だけど、帰りのガソリンがなくなってガソリンスタンドで帰る為のガソリンを入れる。
それこそが俺の「生」だなぁと。


逆にいつ死ぬかもわからん俺は、毎日「生」を噛み締めていかなければ、、と佐久間さんに教わったのかなぁ。

佐久間さん、本当にいろいろありがとうございました。
日本の音楽界にとっても大きな功績を残されて、、やりきって、、佐久間さん自身が憧れてた早川義夫さんとも共演なされて、
旅立たれたことと思います。あまりにも早すぎましたが。

最後にAARON代々木第一体育館でのエピソード。
当日のサウンドチェックで佐久間さんが、PINK FLOYDの『Shine on your Crazy Diamond』のギターを弾いたので、俺も
なんかやろうと咄嗟に『Money』を弾いて、返したら、あとで『DIEさん、Amで弾いたでしょ。MoneyはKeyがBmだよ(笑)。』
と言われた。う〜ん、やはりただものでない。

お疲れ様でした。

どうぞ、安らかに。



 
▲top.  comments(9).  -.

:: Comment ::

name: フェリシティ
date: 2014/01/21 11:59 AM
DIEさん素敵な思い出話を有り難うございます改めて佐久間さんのご冥福をお祈り申し上げます…私のGLAYとの曲との出会いは大学生の時、当時行っていたアルバイト先の居酒屋で聞いたのがきっかけ有線で流れて来てね…(*´∀`)確かビーラブドだったとおもう聞いた瞬間あっ良い曲って思い毎日アルバイト先で聞いてる内に好きになって自然にレンタル屋さんに行ってさ片っ端から借りてたな…( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆でもさこの出会い佐久間さんが居なかったら無かった訳で♪そう思うと佐久間さんには感謝だよ…これからも好きになった歌愛し続けようと思います♪
name: mone
date: 2014/01/21 12:58 PM
90年代後半の日本の音楽、ロックやポップを14、5才で聴いていた私はものすごくラッキーだったと思います。佐久間さんのプロデュースされた作品をたくさん聴いていました。DIEさんや佐久間さんのように、すばらしい音楽を後世に伝えてくれる人はほんとうに貴重だと思います。訃報を聞きまして、貰ったものはとても大きかったのだと改めて感じました。
name: 葉山
date: 2014/01/21 4:25 PM
僕は、携帯のトップニュースで、知って 、ショックをうけました。DIEさんと佐久間さんが、関わった曲は、特に凄かったし、今でも好きです。佐久間さんのぶんも、良い曲をこれからも、作り続けて下さい。
name: yachu
date: 2014/01/21 6:06 PM

DIEさんのブログを読んで改めて佐久間さんって素敵な方だったんだな。っと感じました
GLAYのサポートでキーボードを弾いてる姿が頭から離れません。
エピソードをありがとうございました
プライベートな佐久間さんの事をあまり聞くことがないので。

昨年末には青山純さんも亡くなられて、尊敬する音楽家が逝ってしまうのは言葉に出来ない苦しい事ですね。
佐久間さん、どうか安らかに…
name: ♪♪♪
date: 2014/01/21 10:42 PM


最後にとっても素敵なことばをくださったんですね。
何年か越しに再会されたこと、一緒にお仕事されたこと、そしてDIEちゃんの中にもたらされたもの、、
なんだか運命とか偶然とかを越えた、佐久間さんの強い想いみたいなものを感じながら、読んでいて胸がつまりました。
深くは存じ上げないのですが、佐久間さんの手掛けてこられた音楽を聴いて育った者のひとりとして、とても残念です。。
ご冥福をお祈りいたします。


name: かっとびまま
date: 2014/01/22 10:37 PM
貴重なお話ありがとうございますm(__)m

私が佐久間さんの存在を知ったのは、DIEさんからですが、その前に佐久間さんが手がけたバンドの音楽をたくさん聞いていたことにビックリ!そして、お台場のアノ空間に一緒にいたとは…

渡り鳥の静岡だったかな。DIEさんが佐久間さんのことを話してくれたのを思い出しました。私としては他人事に思えなかったです。

『突然明日死んでしまうより、自分 があとどれくらい生きられるかわか ってるほうがいいでしょ。』

今の自分には総て肯定も出来ないのですが、何だか解る気もします。
それだけに、今回のことは背筋が凍りました。

佐久間さんへは、感謝することもあったんだった。素敵な音楽に出会えたこと、私の夢であったことを形は違えど叶えてくれたこと…

「ありがとう」の気持ちも含めまして

佐久間さんのご冥福をお祈り申し上げます。





name: なーこ@秋田
date: 2014/01/23 1:11 AM
突然の訃報におどろきました。私は去年の佐久間さんのドキュメンタリーを見たときとても暖かい気持ちになれました。それは多分佐久間さんの人柄が穏やかだからだとダイさんのブログであらためて感じました。GLAYを育てくれてありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。
ご冥福をお祈りします
name: まり
date: 2014/01/26 2:27 AM
佐久間さん
たくさんの音楽をありがとう
name: 千葉
date: 2017/03/02 2:13 PM
GLAYにハマりにハマっていた頃を思い出して佐久間さんやDIEさんのことも思い出しここにたどり着きました。
当時は知らなかったことをこうして知れてよかったです。佐久間さんに関わったアーティストの方はなんであんなに魅力的なんでしょうね。それだけに未だに惜しい人を亡くしたなと心から思います。
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